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一度は死んだ身であるこのブログの管理者が色々と実験・試してみる場所です。
たきやん。の Burning Heart (実験・研究室)
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2014年11月10日・朝 さあ、大阪・西成区へ・・・
2018-05-12-Sat  CATEGORY: 手記・自叙伝
朝、6時過ぎ。
半年弱だが住んでいた部屋を、京都を
後にする時がやってきた。
一般住民と同僚、両方が混住している某ハイツ。

できるだけ音を立てずに。
同じフロアには同僚も住んでいる。
ここで気付かれたら、ホンマに全てが終わる。

最初の関門は無事クリアした。
次は阪急・西京極駅までの道のり。
車・人、どちらも少ない道を選んで進む。
車通勤・バイク通勤の人もいる。
目立たぬよう、自然に進め、たきやん。よ。

といっても、それなりの荷物を持っているので、
しかも、荷物はそれなりに重いので、
簡単な話ではないのだが。
タクシー使えや、というツッコミもあるだろうが、
予算は少しでも抑えたかった。
後日、初期予算を書きますが、11月20日、
それなりの金額が入るまでは、極力支出は
少なくしたかったんです。
スタート直後に、コンビニで靴下を買ったんですが、
そこでの380円、これも買うのにかなり躊躇しましたから。

45分ぐらい歩いて、西京極駅に着く。
ここまでの関門はクリア。
準急だっただろうか、来た電車に乗る。
座ることはできなかったが、そんなのどうでもいい。
電車の中で早速、ある作業を行う。

電話の着信拒否設定。
5人だけを残して、後は全て着信拒否。
いらぬ雑音はシャットアウト、それしか頭になかった。

5人の中に、家族・親戚、それまでの仕事関係の
人間は一切含まれていません。後日、番号も
消していくことになるんですが、当時はホンマ、
残した5人も含め、この世の全ての人との関わりを
無くそうと本気で考えていました。
今は、そんなのは不可能や、と思っていますが。



梅田に着き、環状線に乗り換え。
ただ、簡易宿泊所の受け付けは早くても
朝・10時からだったはず。
それまでの時間をどう潰す?
とりあえず、1周半、環状線に乗りっぱなしにする。

8時半過ぎ。
新今宮駅で電車から降りる。
駅から南西方向、大阪地下鉄・花園町駅方面へ。
朝食を摂ろう、と思った。

国道26号線沿いの吉野家に入り、納豆定食を。
いつもなら「ごはん大盛」だが、この日は「並盛」。
ゆっくりとしたペースで食べながら、
候補に上げていた複数の宿泊地(今後の住み家)を
再度、確認していく。

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2014年11月10日・朝 京都の住み家から出る前・・・
2018-05-06-Sun  CATEGORY: 手記・自叙伝
午前5時の数分前、普通に目が覚めた。
今の環境を捨てる、人間関係もほぼ全て捨てる。
重い決心のはずなのに、そうは思えない自分がいる。

前日、20年来の付き合いがある友人に、
荷物の搬出を手伝ってもらった。
新今宮駅のコインロッカー。そして、友人宅。
2か所に分けて荷物を預けている。

かなりのものを処分したはずなのに、
まだボストンバッグ2つ分ぐらいの荷物がある。
衣類でバッグ1つ、そして、今後の時間つぶしのために、
と思っている本(クイズ本が主だが)で1つ。

1つ1つ、逃げる上での最終事項を確認する。
部屋の鍵・退職願・社員証・制服など、置いておくべきものや
返すべきものは部屋の入口の下駄箱の上に。
制服はクリーニングした状態で。
ゴミなどもきっちりと、所定の場所に捨てておく。
「立つ鳥、跡を濁さず」ではないが、あまりにも
見苦しい去り方はしたくはなかった。
それが、自分なりの意地でもあったし、
京都という場所へのせめてもの敬意の示し方。

「憧れの京都やったはずやのに・・・」
「なんで、こうなってしもたんやろ・・・」
という気持ちもあったが、それ以上に、
「生きること」への執着心が勝った。
最低限の状態で生きる。それから考えていけばいい。
その気持ちが最も大きかった。

ぎりぎりまで職場にバレないで大阪・西成区に行くためには、
JRを使うという選択肢はありえなかった。
阪急、西京極駅から梅田、そして環状線経由で新今宮。
これが最も誰にも見られないルート。
西京極まで自宅から歩いて30分強。
6時過ぎには家を出ないと、同僚にバレる可能性がある。



6時過ぎ。
一通り、確認が終わったはずだったが・・・
「履く靴下がない・・・」
近くのコンビニで買えばいい。
そう思いながら、部屋を後にした。
周囲に誰の目もないことをじっくりと確認しながら。



「半年弱だったけど、京都という場所は満喫した」
「仕事以外の時間はホンマに楽しかった」

という気持ち、そして、
「今後、二度と表には出られへんのやろな」
「余生を世捨て人として生きて行かんとあかんねんな」

という侘しい気持ちを抱きつつ。
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今後への準備・その3
2018-05-01-Tue  CATEGORY: 手記・自叙伝
しばらくぶりです。たきやん。です。
前回、2014年11月10日から
今までを振り返った手記を書いていく、
と予告しました。

自分で命を絶つ、この選択肢はダメだ、
と考え、行ったことをまずは書いておきます。

ほぼ、すべてのものを捨てる。
2014年6月に京都で職を得た。
そして、念願であった京都暮らしを実現させた。


しかし、その職場は自分には
どうしても馴染めないものだった。
それどころか、自分に失意を感じ、
周りへの見方もひねくれたものになっていた。
全てが嫌になっていた。

自分の存在自体をこの世から消し去りたい。
日に日にその気持ちが強くなっていく。

10月の終わりに、今後どうするか、2択にまで決めた。
自分で命を絶つか、職場・住み家から逃亡する。
実行のタイミングを日々、計っていた。

そして、11月5日。
JRの自宅の最寄り駅でぼーっと立っている
自分の姿があった。
電車に飛び込むタイミングを計っていた。
でも、どうしても飛び込めなかった。
そのまま別の電車に乗り・・・

気が付けば、大阪市内にいた。
今の居住地のすぐそば、西成区。
うろうろしながら、路上生活者と呼ばれる
人達を観察していた。
人々の会話を聞いていた。


「ここや!」
ドヤ街、とよばれる場所があるのは知っていた。
それまでに、何回もその辺を散歩していた。
人々の鬱積したエネルギー、その大きさは
身をもって感じていた。

ただ、自分には縁がない場所、
関わってはいけない場所や、と思っていた。
(実際の話、そういう教育をされますよね?
今後、ガッツリ触れさせてもらいますが)


あとは、ドヤ街の簡易宿泊所について調べるだけ。
その日、夜遅く一旦京都に戻ってからは、
ずっと調べ、計画を立て続けていた。
そして、11月10日…


逃亡(バックレ、というやつです)を
実行することになるんです。


今でも、人として最低の行動をした、と思ってはいます。
ちょっとは反省の気持ちは持ってはいます。
ただ、当時の自他全てに許せないものがあって、
自分で命を絶つよりはまだマシやんけ、
と開き直っている自分の気持ちが
どこかにあるのもまた、事実なんです。
そこも、今後の手記で書かせてもらいます。


次回から、ストーリー仕立てで話を進めていきます。
どんな批判(意見)も受け止めます。
離れる人もいると思います。
それだけの自分の覚悟は出来てます。

それでは。
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