一度は死んだ身であるこのブログの管理者が色々と実験・試してみる場所です。
たきやん。の Burning Heart (実験・研究室)
「支配者」と「被支配者」・その3(戦国時代)
2013-08-08-Thu  CATEGORY: 歴史

久坂玄瑞


こんにちは。たきやん。です。
昨日・今日と2度も書いている途中で記事が飛びました。
しかも、どちらも半分以上書き終えていたのに・・・ (-_-メ) 

少し気持ちが折れかけていますが、頑張ってみたいと思います。
まずは、下にその1・その2を貼っておきます。

「支配者」と「被支配者」・その1(戦国時代)
「支配者」と「被支配者」・その2(戦国時代)


前回の記事の最後を抜粋します。

『「生産物を供出する被支配者(農民)・その安全を保障する支配者(領主)」
この関係は、我々が想像する以上に厳しく守られていたようです。
この関係が崩れたとき、農民たちは、彼ら独自の方法で抵抗したんです。』


ということで、農民の抵抗手段を紹介していきます。


1.逃散(ちょうさん)

意味は読んで字のごとく、です。
村を捨てて逃げる、場合によっては1つの農村民全員が丸ごと。
そして、山奥や他領の土地を開墾して新たな生活を始めます。

先祖代々の土地を捨てて逃げるなんて、並々ならない決意です。
当然、法で厳しく禁止されています。
しかし、年貢があまりにも厳しすぎたり、領主が残虐で
命の危険がある場合、あえて農民はこれを実施しました。
死ぬよりはマシ、だからです。

耕す者のいない田畑など、荒地も同然です。何も生み出すことはありません。
農民がいてこその農村・農地です。
これを実施された領主の収入は当然激減しますし、武力・戦力もダウンします。
これは確かに農民の辛辣な報復手段ではあります。

ただ、これ以上に領主が恐れた報復手段があります。
追記で紹介します・・・


         <続きは追記で・・・>
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「支配者」と「被支配者」・その2(戦国時代)
2013-08-06-Tue  CATEGORY: 歴史
吉田松蔭


暦では明日から秋ですが(明日は二十四節気でいう「立秋」ですね)
それとは程遠い気候が続いていますね。
例年ならば夏でもあまり食欲は落ちないんですが・・・今年は本当にヒドイです。
私がそれだけ老けたのでしょうか、認めたくないんですが。


こんにちは。たきやん。でございます。
前回、少し微妙なところで記事を切りました。
早速、続きといきたいと思います。
一応、前回の記事を下に貼っておきますね。

「支配者」と「被支配者」・その1(戦国時代)


合戦時、農村は多大な犠牲を払わなければいけない、
領主が合戦で勝てばまだいいが、負けた時が本当の悲劇だ、
というところで前回の記事を締めました。

合戦で負けなくても、農村やその近くが戦場になったときにも
同様の悲劇が待っています。

今回の記事、まずはそこから入ります。

通常時の支配者(武将・武士)と被支配者(農民)の関係を再度、記します。
「支配者は自ら生産(農作業)は行いません。
生産者である農民から生産物を搾取することによって生活が成り立ちます。
その代わりに、農民が安定した生活を送れるように彼らを守ります。」


最後の行が重要です。
通常、農村(農民)は支配者によって守られていました。
そうしなければ、自ら生産を行わない支配者は食べていけないわけですから。


ところが、合戦時には目が行き届かなくなります。
負けてしまえば農村を守る存在である支配者自体がいなくなるわけです。
新しく支配者になるのは、元は敵軍だったわけです。
略奪・侵略行為には容赦がありませんでした。


        <続きは追記で・・・>
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「支配者」と「被支配者」・その1(戦国時代)
2013-08-05-Mon  CATEGORY: 歴史
緑・美


こんにちは。たきやん。です。

夏の「暑さ」に負けないぐらい「熱い」気持ちを維持したいものです。
しかし、現実は「暑さ」に少し負けているかな・・・
食欲が例年と比べてかなり落ちているのが少し気になっています。
まあ、ブログを更新している間は大丈夫ですわ。
(前もこんな入り方をしたような・・・)


ということで、久々の歴史語りです。
しつこいですが、まずは自分の歴史に対しての当たり方を再度書いておきます。


歴史という学問は「昔の人の行動を見ながら、
今の時代に生かす」ためにある


過去の人々のストーリーを楽しむのもいいとは思います。
ただ、ストーリーを楽しむだけならば、何も歴史でなくてもいいわけで。
過去の人々の『経験』を学んで今に活かすことにこそ、
歴史をひもとく本当の意味があるのだと私は思っています。


今の文部科学省の学習指導要領では、そういうことを(十分には)謳っていないですよね?
現地点では、これ以上は書きません。教育批判を趣旨にした記事ではないですから。
ただ、今の時代の流れと学習指導要領が合っているのか、
全ての方に一度じっくり考えてみてもらいたいですね。
実は、少し前・1980年代前半ぐらいまでは、(「詰め込み教育」という批判はありましたが)
時代の流れを掴んだ教育がそれなりに出来ていたのではないか、と私は考えています。


完全に腹を括れたら、この問題に対する自分の考えを記事にします。
今の私でははっきり言って、語りきり、記事にするには力が足りません。


すみません、前置きが長くなりました。
追記で本題に入っていきます。


       <続きは追記で・・・>
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久々に日本史を記事にしてみよう
2013-08-03-Sat  CATEGORY: 歴史

 

こんにちは。たきやん。です。
次の記事で久々に日本史を記事にしようと思います。

今回のターゲットは「戦国時代」です。

といっても、特定の武将を語るわけではありません。
『支配者』と『被支配者』との関係を軽く書いてみるだけです。
少し前に私が書いた、「自分の身は自分で守る」というのが
どういうことなのか、戦国時代をきっちりと勉強すれば分かる

私はそう考えています。


以前も書きましたが、再度書いておきます。

私は、歴史という学問は
「昔の人の行動を見ながら、今の時代に生かす」
ためにあると思っています。



それを意識しながら次の記事を見ていただけるとありがたいです。
今回はすみませんが、ここで失礼します。

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明治維新への評価
2013-06-19-Wed  CATEGORY: 歴史
 

たきやん。です。
今回はいきなり、本題へ入ります。しかも、私にしてはかなり短い記事です。


タイトルにもある「明治維新への評価」・・・
1つ前の記事の最後に書きました。

『歴史的にはやはり、高い評価がされるべき事項ですし、
日本だけでなく、海外からも高く評価されている出来事であります。』


タイ・トルコ・フィンランドなど、親日的といわれる国はあちこちにあります。
はっきり言いましょう。これらの国は、今の日本を高評価しているのではない、と思います。
繁栄ぶりは確かに評価しているのかもしれませんが。
高評価されているのは恐らく、江戸時代末期から昭和初期までの部分だと思います。
(特に、フィンランドはその傾向が強いはずです・キーワードは「日露戦争」です)

明治時代初期に列強とよばれた国々も、明治維新(幕末維新、といいたいところですが)に
対する評価は高かったはずです。学校の授業でもこの辺はおそらく話しています。
だからこそ、日本が開国したときに結んだ「不平等条約」を撤回せざるを得なかったんです。
(今は書きませんが、今後、数回かけての記事にします)

実際、海外で日本の歴史を研究している人が、最も研究のターゲットにしているのは
江戸時代末期から昭和初期までの部分といわれています。
そして、研究後、必ずといっていいほど高評価を下します。
(ほんの一部、例外はあります・その例外部分も必ず記事にします)
なぜなのでしょう?


自分だけの意見ではない、と断りを入れて書きますね。
(先人が言ったことに自分も完全に同意している、といえば分かりやすいでしょうか)

「当時の指導者たちが、そのときの日本に足りないものを正確に理解し、
補強するために謙虚な姿勢であらゆるものに教えを請い、色々な事項を吸収したうえで
勇気を持ってするべきことを実行して

きっちりと結果を出したから


この赤字の4行、今後の私の記事でキーとなってきます。
歴史記事以外でも、これを基に語ることがたびたび出てくると思います。
と含みを残しながらこの記事を締めます。
それでは、失礼します。
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